一九九〇年(平成二年)から一九九三年(平成五年)にかけてアンケート調査を行い、喫煙習慣について尋ねました。
その後一九九九年(平成一一年)までの追跡調査を行ったところ、四二二人が肺がんになっていました。
 その結果、アンケート調査の時点でたばこを吸っていた男性は、たばこを吸ったことのない男性と比べて、その後の肺がんの発生率が四・五倍高いという結果でした。
女性でも、たばこを吸っていた人は、たばこを吸ったことのない人より、肺がんの発生率が四・二倍も高いという結果でした。
 次に、一日の喫煙本数別に、男性の肺がんの発生率を比べました(図表7−3)。
すると、圈際がんジャーナル』2002年5月10日号 国立がんセンター調べ非喫煙者一日の本数が増えるにつれて、肺がんの発生率も高くなりました。
具体的には、たばこを吸ったことのない男性と比べると、一日に吸う本数がI〜一九本、二〇〜三九本、四〇〜五九本、六〇本以上の男性では、肺がんの発生率が、それぞれ二・七倍、四・五倍、四・八倍、六・四倍と、しだいに高くなる結果となりました。
 さらに研究グループは、アンケート調査の時点ですでにたばこをやめていた男性について、禁煙期間ごとに肺がんの発生率を計算しました(図表7−4)。
もともとたばこを吸ったことのない男性と比べると、たばこを吸い続けていた男性の肺がん発生率は四・五倍でした。
ところが、たばこをやめてI〜九年継続喫煙者  禁煙後1~9年 禁煙後10~19年禁煙後20年以上 非喫煙者の男性では三・〇倍に下がり、たばこをやめてI〇〜一九年の男性ではI・八倍に下がっていました。
さらに、たばこをやめて二〇年以上の男性では、もともとたばこを吸わない男性の肺がん発生率と同じところ(一・〇倍)まで下がっていました。
 つまり、禁煙と肺がんについて、次のことが明らかになりました。
・たばこを吸い続けている場合と比べて、たばこをやめることで、肺がんの発生率は下 がる。
 も下がっていく。
・禁煙期間が二〇年以上になると、もともとたばこを吸っていなかった場合と同じところまで下がる。
 要するに、禁煙期間が長ければ長いほど、つまり、たばこをやめるのが早ければ早いほど、肺がんになる危険性が下がっていくことが、中年日本人の大規模な集団を対象とするこのコホート研究でも確認されたわけです。
禁煙の大切さとその効果をよく表すデータといえるでしょう。
 「早期発見・早期治療」は有効か がん検診は、特別な症状のない人を対象に行われる検査です。
がん検診の目的は、がんを早期に発見し治療することを通して、最終的にがんの死亡率を減らすことにあります。
読者の皆さんの多くも、職場や市町村で行われているがん検診を受けられた経験があると思います。
 がん検診というと、すぐに「早期発見・早期治療」というキーワードを思いつかれると思います。
がん検診が効果を上げるためには、がんを早期に発見できるような検査が不可欠なのは、いうまでもありません。
そうした検査によって、がんを早期に発見し、早期治療を行えば、症状がでてから病院に行って診断されるがんよりも、生存率が高くなることが期待されます。
そのため、「早期発見・早期治療」ができれば、それがイコール「がん検診は有効」と考えがちです。
 けれどもじつは、早期発見・早期治療ができるということは、がん検診が有効であるための「必要条件」にすぎません。
けっしてそれだけで足りる、という「十分条件」ではないのです。
 というのも、早期発見や早期治療ができても、最終目的である「がん死亡率の低下」に結びつかない場合かおるからです。
話を分かりやすくするために極端なことをいうと、たとえば治療法がまったくないがんがあるとします。
そのがんをいくら早期に発見しても、治療法が存在しない以上、がん死亡率を下げることはできません。
じっさいにはそのような極端な例はありませんが、早期発見や早期治療が、かならず「がん死亡率の低下」に結びつくとは限らないことが、これまでの研究から明らかにされています。
 そのため現在では、「早期発見・早期治療」は、あくまでがん検診の「中間目標」であり、「がん死亡率の低下」が「最終目標」だと考えられています。
 「見落とし」と「過剰診断」の問題 がん検診を考える際に、もう一つ大切なことがあります。
それは、検診には「利益」ばかりではなく、「不利益」が生じる場合もあるという問題です。
 がん検診による「不利益」には、どのようなものがあるでしょうか。
 一番はっきりしているのは、「見落とし」です。
無症状の人を検査して、本当はがんがあったのに、検査でそれを見落としてしまう。
そうするとその人は誤って「異常なし」という通知を受けますから、偽りの安心感を与えられてしまいます。
その場合には、見逃されたがんが進行するまで診断されず、手遅れになる危険性があります。
 もう一つの不利益は、「過剰診断」です。
これは、あえて早期発見する必要のない、個体の生命を奪わないようながんを、検診によって必要以上に(過剰に)診断して治療してしまうことをいいます。
 そもそもがんがなぜ問題かというと、放置しておくとどんどん大きくなり、転移を起こして人の生命を奪うからです。
ところががんのなかには、病理学的にみるとたしかに悪性の組織像をしているけれども、かならずしも個体の生命を奪わないがんもあります。
このタイプのがんは大きく二種類に分けられます。
一つは「潜在がん」と呼ばれています。
進行速度が非常にゆっくりで、放置しておいても人の生命を奪わないようながんです。
たとえば前立腺がんなどには、この「潜在がん」かおる程度存在することが知られています。
 もう一つは、「自然退縮」と呼ばれる現象です。
これは、ある時点ではたしかに悪性の組織像を示しているけれども、放置してそのまま様子をみていると、良性の組織に変化したり、がんそのものが消滅してしまう現象です。
この自然退縮は、検診でみつけた神経芽細胞腫(小児がんの一種)などに生じる場合のあることが知られています。
 こうした「潜在がん」や「自然退縮するがん」は、特別な治療を行わなくても個体の生命を奪わないので、あえて早期に発見する必要はありません。
けれども、こうした症例も、細胞の形をみる限りは、悪性の所見を呈しています。
そのため、そのがんが本当に個体の生命を奪わないがんなのか、それとも放置しておくと転移を起こして個体の生命を奪うがんなのか、正確に区別することはできません。
そのため、どうしてもみフけた段階で治療することになりますが、その治療が本当に必要な治療だったのかどうかは判断できません。
このように、がん症例のなかには、個体の生命を奪わないのでほんらい診断する必要がなかっか症例を、検診によって「過剰診断」している場合が、一定の割合で存在すると考えられています。
 検診によって「過剰診断」されたがん症例は、たしかに生存率も良好な成績を示します。
けれども、ほんらい診断して治療する必要がなかったわけですから、いくら早期診断や治療がされたからといって、検診が有効だったことにはなりません。
 こうした事情かおるため、がん検診をやることに本当に意味があるかどうかは、早期発見・早期治療を確かめるだけでは不十分です。
最終的には、がん検診を行ったグループのほうが、検診を行わなかったグループよりも、そのがんの死亡率が下がることを実証しなければなりません。
この効果を、がん検診の「死亡率減少効果」と呼んでいます。

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